最近の記事から

歓声が上がりました

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

 秋が深まり、樹々の色づきやコナラやマテバシイのドングリにワクワクしてしまいます。
 食欲の秋を感じています。
 秋は過ごしやすさから、活動的になり食も進みます。
 給食室は、各クラスの空っぽのおひつを見るたびに喜びが広がっています。
 食べる量だけではありません。保育園にいる間に、様々な食材に出会い、食の幅が広がることを私たちは大切にしています。
 ばら組は11月4日に芋ほりに出かけることができ、幸いでした。高く澄んだ秋空のもと、ツルから鈴なりにできた鮮やかなベニアズマを目にし、子どもたちから歓声が上がりました。
 地中に広がる世界を手探りで見つける楽しみは何にも変えがたい喜びだと実感しています。
 普段口にしている身近な食べ物が長い月日をかけて育っていること、命をいただいていることを体験を通して知り、深い学びになりました。
 「食べること」は「生きること」につながることをおぼえます時に、今月の収穫感謝の日には特別な思いを持ちます。
 感謝の気持ちの「ありがとう」と分けあう心の「どうぞ」という言葉と共に、調理のスタッフや食材を届けてくれる業者のみなさんに感謝をおぼえて過ごします。
 

 後半にはアドベント(待降節)を迎えます。

 アドベントクランツのロウソクを数え、飾りも少しずつ増やしていきます。
 クリスマスはイエス・キリストの降誕を静かに待つことから始まっていきます。

よその畑に

みことば

11月の聖句

ルツ記 2章 8節

 神さまとの約束では、収穫の際に弱い立場の人のために落ち穂をそのままにしておくという決まりがありました。神さまからいただくものを喜んで分けることができるように願っています。

金木犀の香りを感じたり、銀杏並木を歩いたり

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

 秋の風が心地よく感じます。
 登園の朝、「ベビーカーをおりて一緒に歩いてきました」とご家庭から色づいた葉っぱのお土産をいただきました。
 先日は個人面談にご出席くださり、ありがとうございました。ご家庭の様子を教えていただき、保育者に励ましのお言葉も多く頂戴しました。
 子育ての喜び、また難しさ、大切なことを保護者の方と分かち合えたことはとてもありがたいことでした。
 ご家庭での様子や休日の過ごし方など、いろいろな工夫やご苦労があり、約束の10分では到底足りないほどの充実した時間でした。
 保護者の皆さんのお支えやご協力があって、園での生活が豊かであることを感謝してやみません。
 やはり、アクリル板越しでも、面と向かって直接お話しすること、保育室に入っていただいて伝わるものも多くありました。面談の機会に限らず、保育園の生活のことなどお気づきの点があれば、遠慮なくお声かけください。
 ご家庭からの声のほとんどに「なかなか外に出られず、どうしてもテレビやスマートフォンの動画に頼ってしまう」というお話がありました。
 子育て世帯のほとんどが同じ問題に悩んでいます。子どもが一人で過ごせるようになるのは、まだまだ先のこと、どうしても保護者の方の語り掛けや触れ合いが必要です。
 保育園では今のところ施設外に出ることが難しく、ぜひ、この季節、お家の周りや公園などを歩いてみてくださるとうれしいです。地域の中にあっても、金木犀の香りを感じたり、銀杏並木を歩いたり、見ること以外の刺激にもあふれています。
 10月は、幼児クラスで「わくわくプレイデイ」の代わりの行事を行います。新しいホールでからだを動かすことを楽しんで準備しています

わたしたちは知っている

みことば

10月の聖句

ローマの信徒への手紙 5章 3~4節

 困難なことを前に我慢することは、じっとして待つことしかできないという意味ではありません。我慢の先には必ず希望があります。

小さな虫博士たちからの報告

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

 今年は暑さが厳しかったので、水の冷たさが余計に嬉しく感じた毎日でした。
 最近子どもたちの前でセミの話をしてからか、登園時に、わが園の小さな虫博士たちからの報告があります。
 「アリが巣に大きな羽をはこんでいたよ。たくさんいたよ」
 「せみと、せみのぬけがらと、が(・)とね、あげはちょうがいたんだよ。」
 道端で出会った身近な虫たちの世界について嬉々として語ってくれます。(セミの抜け殻と蛾もカウントされているところが何ともかわいらしく、素晴らしいと思いました。)
 目の前のことに追われて精一杯な私たちと比べて、子どもたちの心はゆったりとしていて、目に映る小さな世界は、私たち大人よりもはるかに大きな広がりを見ています。これからはバッタやトンボも楽しみですね。
 子どもたちに感化されて、秋には秋の楽しみをたくさん数えたいと思います。
 見るもの、聞くもの、香りなど今の季節の喜びをあじわいたいと願うのです。だいぶ暑さも和らいで、朝晩は涼しくなってきました。特別な秋をすごします
 

あなたがたが彼らに

みことば

9月の聖句
あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい

マルコによる福音書 6章 37節

 イエス様の話を聞くために集まった五千人もの人に食事を提供しなさいと弟子たちに語られた言葉です。到底、持ち合わせもなく、たまたま少年が持っていた五つのパン、二匹の小さな魚があるだけでした。
 しかし、イエス様を通して弟子たちが分けていくと全員が食べても十分に食べて余るほどに満たされるという奇跡のお話です。私たちは、「これだけしか」と少ないことに残念な思いを抱くものですが、神様に用いられることによって、喜びが多くなることを日々思わされます。

平和

新しい月を迎えて

 8月は「平和」に目を向け、子どもたちと平和であることを考える機会を得たいと思います。
 といっても、国と国の争いや戦争の悲惨さ、貧しさ、みじめさを子どもにどう伝えてよいか戸惑いもあります。
 そこで、あらためて子どもたちと保育園の中での身近な小さな平和について考えることにします。
 どんなに小さいクラスでも子ども同士での争いが生まれます。
 「ごめんね」 「いいよ」
 子ども同士でのケンカの後、お互いに向かい合って、“謝る”、“ゆるす”というやりとりをよく見ます。
 ご家庭でも「ごめんなさいは?」と子どもに伝えることがあるのではないでしょうか。
 場所のことで、使いたいおもちゃのことで、仲の良いお友だちのことで、さまざまな思いの違いが争いを生むことを知っています。前述の「ごめんね」「いいよ」のやり取りは具体的な謝る行為を伝えています。
 気をつけなければならないのは、この行為が、大人の側で「ごめんなさいは?」「いいよは?」と一端の解決へと急いでしまうことがあるということです。
 大切なのは、わたしたちが当人の心の内側を注意深く視ることです。
 突き詰めて考えると、わたしたちがその思いに気がつくことができなくて、まずは大人が「ごめんね」なのだと思うのです。
 わたしたちが、「へいわ」を実現することは、相手に何かを求めることではなく、自分自身の内側に争いの小さな種が生まれないかを考えるところから始まるということを子どもたちと確認しました。
 私たちの心の穏やかさを切に願っています。
 私たち自身が神様からの愛に励まされ、争いの種でなく、喜びの種を植えることができますように。
 

8月の聖句

あなたがたに平和があるように

ヨハネによる福音書 20章21節

今年度の行事の変更について

おしらせ

十月十日に予定した「わくわくプレイデイ」は、新型コロナウィルス感染症拡大を鑑み、中止となりました。
幼児クラスは十月中に保育の中で運動あそびを行います。
保護者の方には後日、撮影した映像をご覧いただくこととします。

言葉かけだけでなく

新しい月を迎えて

 梅雨が明けますと、本格的な夏がはじまります。
 今年は感染予防のため夏の楽しい行事もこれまで通りとはいきませんが、工夫しながら楽しい毎日を過ごします。
 保護者の皆様に、あらためて手指消毒、マスク着用をお願いしています。私たちはようやくマスクを着用しての毎日に慣れてきたように思います。
 保育園の「新しい生活様式」の一つとしてこの口元の覆った状態での保育を続けています。
 子どもたちは、表情がとらえにくい中で保育者とすごすことにだいぶ心配があったかと思います。
 私たちは、言葉かけだけでなく、表情から多くのことを子どもたちに伝えていることに気づかされます。
 しかし、同時に非言語のコミュニケーションとして、「目は口程に物を言い」ということも実感したことでした。
 霊長類の中でヒトだけが強膜が白い(白目がある)そうです。それは、私たち人間が生まれてすぐに目と目を合わせて、しっかりコミュニケーションを図るために備えられた特性であることを知ります。
 大切なことは、私たちから発せられる「まなざし」が子どもにとって、安心にいたることです。また同時に子どもたちからの「まなざし」にもとても深い思いを感じることができます。
 だから、子どもの前では特に大きく目を開いて、子どもの世界のすばらしさを感じ取りたいと願います。
 そして、少しでも、そのことをお家の皆さんと共有できればと願っています。

わたしには何も

みことば

7月の聖句

詩編 23編 1節

 羊飼いは羊を鞭で外敵から守り、杖によって正しい道に導きます。神さまの守りと導きによって、私たちは安らかに歩むことができます。

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