最近の記事から

枯れ芝生を洋服にいっぱいつけた

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

寒い日、暖かい日を繰り返し、春に向かっていることを実感しています。
天候を選んで、園の外にもでかけるようになりました。
私たちの法人では2台の保育園バスがあります。
芋掘り、防災センターなど、少しの遠出にはちょうど良い大きさのバスです。
先日は、すみれ組が、初めて第一平和保育園の園庭に遊びに出かけました。
普段、生活している街の中をクラスの仲間と通るときに子どもたちから声があがります。
「あ!昨日ヨーカドーで買い物したー」
「ここから曲がると〇〇ちゃんのおうちだよ」
会話から、子どもたちの気持ちの合わさっていく様子がよく分かり、また保育者はご家庭の様子が伝わってくるので、片道10分のバスの行き来だけでも、喜びが大きいと感じました。
第一平和保育園の園庭は、旧園舎のあった場所につくられた園庭です。各施設で使うことのできるとの願いから、「みんなの園庭」といいます。
広い原っぱ。ちょうど木登りに向いている程よい大きさの樹、ゴムチップのトラックがある園庭です。とても自然にも恵まれた環境です。
奥の植え込みは、旧園舎時代からの古い樹がそのまま残っていて、ジャングルのように樹々に囲まれたスペースも魅力的でした。
帰りのバスも枯れ芝生を洋服にいっぱいつけた子どもたちが「たのしかった。また行きたい。」と口にしていました。
外に出て空の大きさを感じたり、顔にあたる風の冷たさやご近所の猫が通り過ぎたり、第一平和保育園のみなさんともご一緒して、良い時間をすごしました。公園とも、また違う味わいがあります。

涸れた谷に

みことば

☆2月の聖句

詩編 42編 2節

鹿はかつて確かに存在したはずのうるおいを求めて、谷に下りていきます。私たちも神様の言葉を聞く機会が与えられ、それによっていのちを得、うるおいを与えられていることに感謝します。

子どもたちの心の変化は

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

 今年の元旦は地震のアラートを聞き、大変に驚きました。
 皆様の中でも家族の団欒の中で地震や事故の報道に触れ、ご不安にあったかと思います。困難さの只中にある北陸の被災地を思い、心からお見舞い申し上げます。

 さて、子どもたちは年末年始のお休みの間、楽しく過ごしたことがよくわかりました。集まって座っていても、お互いの喜びの報告が続いて、にぎやかな様子です。
 そのような中で子どもたちと新しい年最初の礼拝をささげました。
 「心の貧しい人々は、幸いである」(マタイによる福音書 5章3節)
 イエス様の話を聴くために集まった人たちは、貧しさや病気、困難さを持っている人々でした。そういった人々を前に、そういう人は幸せだとイエスさまが言うのです。たくさんのものに満たされた私たちは心の中を何で満たして喜びとするでしょうか。
 今日の話は子どもに届いたように思います。
 他者に心が向かうことができる優しい子どもたちです。
 被災地のことを思う気持ちも相まって、礼拝後の子どもたちの心の変化は表情からわかりました。
 保育園の中でいただくあたたかな光が少しでも周りの方を明るくすることができますように願っています。
 利用者の皆様、また保育者を含め関係の方々から被災の状況を伺っております。当施設でも出来うる支援が果たせたらと願います。
 今年一年も争いや災いから、子どもたちが守られるように、毎日感謝と喜びをもって、歩むことができるように願います。
 これまでのお支えに感謝するとともに、新しい年もよろしくお願い申し上げます。

愛は

みことば

☆1月の聖句

コリントの信徒への手紙一 13章4節

結婚式でよく読まれる聖書の箇所です。
相手を思う心とは時間をかけて育まれるものであることを教えています。イエス様は私たちのために待ってくださる方です。

ひときわ輝く小さな光

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

 「もし保育園が火事になったら、どうしますか?」
ばら組の子どもたちは、
「ハンカチを口に当てる」、
「背を低くして、外に逃げる」
とこたえてくれます。
きちんと、避難訓練で保育者が伝えている約束を受け止めてくれているな、と安心します。

 先日、たんぽぽ組の子に同じ質問をした時にこのようなこたえが返ってきました。
「ママとパパに『助けて』っていうんだよ」
遠く離れたところにいるご家族に助けてもらうというのです。
私「どうやって?」
「こうだよ」といって、電話をかけるふりをしてくれました。なんとも、その仕草がかわいらしくて、うれしくなりました。
同時に、子どもの安心の中心が保護者の方にあるということを実感し、しっかりとした親子のつながりが、時間や場所を越えていると思わされたことでした。
 
保育園ではアドヴェント(待降節)を迎えています。
 どこにいても安心できない世の中に、神様はいつでも共にいてくださるイエス様という存在を与えてくださって、その喜びは今もこれから先も続くのだと教えてくださったのがクリスマスです。
 いつの時代でも、暗闇があります。その中で、ひときわ輝く小さな光があるということを子どもから、教えてもらうクリスマス。
 
祈りつつ、丁寧にその喜びを味わいたいと思います。

おことばどおり

みことば

☆12月の聖句

ルカによる福音書 1章38節

天使カブリエルより、イエス様を身ごもったことを告げられたマリアが語った言葉です。
驚きや恐れがある。しかし、神様の大きな計画があり、それが自分をとおして実現されるということをマリアはその場で悟りました

未分類

入園前の問い合わせで熱心なのが食事のことです。どのような食事が提供されているかはもちろん、食材やアレルギーの対応、形やメニューなど、話題に事欠きません。
毎日のクラスでも、こども、保育者はその日の給食に思いが募ります。
食育が大切にされるようになり久しくなりました。
子どもたちのいのちに関わる大切な事柄として、単に食べることの大切さを伝えるだけでなく、子どもたちが育っていく過程で、どのような食材に出会ってきたか、どのように食べるか。大きな変化が生じるこの乳幼期に、毎日の様子をご家庭と共に喜びたいと願っています。
保育園では、その日の食事の写真を玄関先に映しています。
送迎時に親子の会話が弾む様子を聴かせていただくことも多く、中には、給食室に毎日立ち寄って、「今日の給食おいしかったよ」と声をかけてくださる家庭もあります。
「あそび」と「食」、ぜひご家庭と共に毎日の伝え合いができれば、と願います。
給食室の栄養士、調理師は「保育者」として、毎日の
子どもの育ちに喜びをおぼえています。
今月は収穫感謝礼拝があります。
アメリカで祝われるサンクス・ギビング・デイにあわせて、行われます。
今年も「育てたものを食べたい」とクラスごとに少しずつ大きくなったキノコ、野菜の成長を楽しみにしています。
子どもたちと気づかされるのは、私たちがこうして野菜の育つのをじっと見て、水をあげて、楽しみにしているように、神様は私たち一人一人をじっと見て、必要なものを与えてくださり、少しずつ育つことを一番喜んでくださっているのだということです。
わたしたちも神様の実りとして、喜びの秋をすごします。

よその畑に

みことば

☆11月の聖句

ルツ記 2章8節

「落ち穂ひろい」の絵にあるように、異邦人や貧しい者のために落ち穂を畑に残しておくことが昔の決まりでした。神様はルツに目をとめ、やがて祝福に満ちて歩むようになります。わたしたちの貧しさに目をとめてくださる神様に感謝します。

今はほうっておいて!

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

「よろしかったらお声掛けください。」
衣料品のお店などで、店員さんに積極的に声をかけられるのが苦手な方は、この言葉を聞くと安心する人がいます。
 その一方、店内を見て回るけれど、一向に声がかからず、聞きたいことがあってもお店の人がこちらに意識が向いていないために、そのまま帰ってしまうというケースがあります。
 さて子どもたちにとっての保育者はどうでしょうか。
乳児クラスの場合は、言語発達の未成熟さにあわせて、大人が気持ちを汲み取って言葉に変えることがあります。
 「積み木をながくならべたね。でんしゃかな。じゃあ、えきはこちらですよ」、
 「かしてって言えたね。今○○ちゃんは使っていたから、かしてもらえなかったんだね。かなしかったね。」などです。
 幼児クラスになると、自分の気持ちを自分で言葉にして表現するようになります。
 保育者は、「いつでも見ています。おはなし聴きます」のシグナルは送りつつ、言葉の先取りをしないように気をつけ、子どもたち同士、どのように話しているのかを見極めます。
 そう言いながら、わたしはつい先日、幼児クラスの子に、「●ちゃん、お給食を食べましたか」と声をかけたところ、「園長先生、今はほうっておいて!」と返ってきました。
 その子にとって、一人の大切な時間だったと後で思わされました。おせっかいの失敗談です。声をかけるタイミングも大切ですね。

私たちは知っている

みことば

☆10月の聖句

ローマの信徒への手紙5章3・4節

この後、「希望はわたしたちを欺くことはありません」と続きます。わたしたちにはどんな困難なことがあっても、それを乗り越える力が与えられます

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