最近の記事から

金木犀の香りを感じたり、銀杏並木を歩いたり

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

 秋の風が心地よく感じます。
 登園の朝、「ベビーカーをおりて一緒に歩いてきました」とご家庭から色づいた葉っぱのお土産をいただきました。
 先日は個人面談にご出席くださり、ありがとうございました。ご家庭の様子を教えていただき、保育者に励ましのお言葉も多く頂戴しました。
 子育ての喜び、また難しさ、大切なことを保護者の方と分かち合えたことはとてもありがたいことでした。
 ご家庭での様子や休日の過ごし方など、いろいろな工夫やご苦労があり、約束の10分では到底足りないほどの充実した時間でした。
 保護者の皆さんのお支えやご協力があって、園での生活が豊かであることを感謝してやみません。
 やはり、アクリル板越しでも、面と向かって直接お話しすること、保育室に入っていただいて伝わるものも多くありました。面談の機会に限らず、保育園の生活のことなどお気づきの点があれば、遠慮なくお声かけください。
 ご家庭からの声のほとんどに「なかなか外に出られず、どうしてもテレビやスマートフォンの動画に頼ってしまう」というお話がありました。
 子育て世帯のほとんどが同じ問題に悩んでいます。子どもが一人で過ごせるようになるのは、まだまだ先のこと、どうしても保護者の方の語り掛けや触れ合いが必要です。
 保育園では今のところ施設外に出ることが難しく、ぜひ、この季節、お家の周りや公園などを歩いてみてくださるとうれしいです。地域の中にあっても、金木犀の香りを感じたり、銀杏並木を歩いたり、見ること以外の刺激にもあふれています。
 10月は、幼児クラスで「わくわくプレイデイ」の代わりの行事を行います。新しいホールでからだを動かすことを楽しんで準備しています

わたしたちは知っている

みことば

10月の聖句

ローマの信徒への手紙 5章 3~4節

 困難なことを前に我慢することは、じっとして待つことしかできないという意味ではありません。我慢の先には必ず希望があります。

小さな虫博士たちからの報告

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

 今年は暑さが厳しかったので、水の冷たさが余計に嬉しく感じた毎日でした。
 最近子どもたちの前でセミの話をしてからか、登園時に、わが園の小さな虫博士たちからの報告があります。
 「アリが巣に大きな羽をはこんでいたよ。たくさんいたよ」
 「せみと、せみのぬけがらと、が(・)とね、あげはちょうがいたんだよ。」
 道端で出会った身近な虫たちの世界について嬉々として語ってくれます。(セミの抜け殻と蛾もカウントされているところが何ともかわいらしく、素晴らしいと思いました。)
 目の前のことに追われて精一杯な私たちと比べて、子どもたちの心はゆったりとしていて、目に映る小さな世界は、私たち大人よりもはるかに大きな広がりを見ています。これからはバッタやトンボも楽しみですね。
 子どもたちに感化されて、秋には秋の楽しみをたくさん数えたいと思います。
 見るもの、聞くもの、香りなど今の季節の喜びをあじわいたいと願うのです。だいぶ暑さも和らいで、朝晩は涼しくなってきました。特別な秋をすごします
 

あなたがたが彼らに

みことば

9月の聖句
あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい

マルコによる福音書 6章 37節

 イエス様の話を聞くために集まった五千人もの人に食事を提供しなさいと弟子たちに語られた言葉です。到底、持ち合わせもなく、たまたま少年が持っていた五つのパン、二匹の小さな魚があるだけでした。
 しかし、イエス様を通して弟子たちが分けていくと全員が食べても十分に食べて余るほどに満たされるという奇跡のお話です。私たちは、「これだけしか」と少ないことに残念な思いを抱くものですが、神様に用いられることによって、喜びが多くなることを日々思わされます。

平和

新しい月を迎えて

 8月は「平和」に目を向け、子どもたちと平和であることを考える機会を得たいと思います。
 といっても、国と国の争いや戦争の悲惨さ、貧しさ、みじめさを子どもにどう伝えてよいか戸惑いもあります。
 そこで、あらためて子どもたちと保育園の中での身近な小さな平和について考えることにします。
 どんなに小さいクラスでも子ども同士での争いが生まれます。
 「ごめんね」 「いいよ」
 子ども同士でのケンカの後、お互いに向かい合って、“謝る”、“ゆるす”というやりとりをよく見ます。
 ご家庭でも「ごめんなさいは?」と子どもに伝えることがあるのではないでしょうか。
 場所のことで、使いたいおもちゃのことで、仲の良いお友だちのことで、さまざまな思いの違いが争いを生むことを知っています。前述の「ごめんね」「いいよ」のやり取りは具体的な謝る行為を伝えています。
 気をつけなければならないのは、この行為が、大人の側で「ごめんなさいは?」「いいよは?」と一端の解決へと急いでしまうことがあるということです。
 大切なのは、わたしたちが当人の心の内側を注意深く視ることです。
 突き詰めて考えると、わたしたちがその思いに気がつくことができなくて、まずは大人が「ごめんね」なのだと思うのです。
 わたしたちが、「へいわ」を実現することは、相手に何かを求めることではなく、自分自身の内側に争いの小さな種が生まれないかを考えるところから始まるということを子どもたちと確認しました。
 私たちの心の穏やかさを切に願っています。
 私たち自身が神様からの愛に励まされ、争いの種でなく、喜びの種を植えることができますように。
 

8月の聖句

あなたがたに平和があるように

ヨハネによる福音書 20章21節

今年度の行事の変更について

おしらせ

十月十日に予定した「わくわくプレイデイ」は、新型コロナウィルス感染症拡大を鑑み、中止となりました。
幼児クラスは十月中に保育の中で運動あそびを行います。
保護者の方には後日、撮影した映像をご覧いただくこととします。

言葉かけだけでなく

新しい月を迎えて

 梅雨が明けますと、本格的な夏がはじまります。
 今年は感染予防のため夏の楽しい行事もこれまで通りとはいきませんが、工夫しながら楽しい毎日を過ごします。
 保護者の皆様に、あらためて手指消毒、マスク着用をお願いしています。私たちはようやくマスクを着用しての毎日に慣れてきたように思います。
 保育園の「新しい生活様式」の一つとしてこの口元の覆った状態での保育を続けています。
 子どもたちは、表情がとらえにくい中で保育者とすごすことにだいぶ心配があったかと思います。
 私たちは、言葉かけだけでなく、表情から多くのことを子どもたちに伝えていることに気づかされます。
 しかし、同時に非言語のコミュニケーションとして、「目は口程に物を言い」ということも実感したことでした。
 霊長類の中でヒトだけが強膜が白い(白目がある)そうです。それは、私たち人間が生まれてすぐに目と目を合わせて、しっかりコミュニケーションを図るために備えられた特性であることを知ります。
 大切なことは、私たちから発せられる「まなざし」が子どもにとって、安心にいたることです。また同時に子どもたちからの「まなざし」にもとても深い思いを感じることができます。
 だから、子どもの前では特に大きく目を開いて、子どもの世界のすばらしさを感じ取りたいと願います。
 そして、少しでも、そのことをお家の皆さんと共有できればと願っています。

わたしには何も

みことば

7月の聖句

詩編 23編 1節

 羊飼いは羊を鞭で外敵から守り、杖によって正しい道に導きます。神さまの守りと導きによって、私たちは安らかに歩むことができます。

保護中: けんこうたいいく ータオルへんー

動画配信

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一雨ごとに活き活きと

だいさんへいわ 新しい月を迎えて

 恵みの雨から6月がスタートしました。
 園庭の草花やクラスで植えたプランターの植物たちが一雨ごとに活き活きとしています。まるで、皆さんの元気に呼応するかのようです。
 さて、今月からあらためて慣れ保育をスタートしています。泣いている子どもたちの心の先には、遠く離れたお家の方がいます。それぞれのご家庭での心の緊密さを思って止みません。保育士ひとりひとりは、そのことの思いを共にし、受け止めることから始めます。
 
 感染予防のために保育園では物理的な緊密化を避けています。今は対面で座ることでなく、なるべく横並びに座ることにしています。
 普段、机を囲んで遊んでいたものも一定の方向を向いて座るように心がけています。
 いつもと違う生活ではありますが、これには大切なことを教えられます。
 並んで座ることで、かえって対面で話しているより、親しさが増すこともあると感じるのです。
 子どもからも「となりにすわって。」と誘われることがあります。楽しいことを共有し、ともに歩むことにあらためて思い至るのです。
 5月の後半に保育園から動画配信をさせていただきました。新しいコミュニケーションの形を思います。
 私たちも実際に撮影してみて自粛の雰囲気の中、貴重な体験をさせていただきました。
 動画での伝わり易さもあり、今後も活用できれば良いと感じます。さらに保護者の皆様のご意見を頂戴できればと思います。
 
 衛生管理に充分注力し、楽しい毎日を過ごせるように工夫していきます。建物の外での受け入れ、受け渡しにもご協力いただきありがとうございます。
 コロナ収束まで、しばらくご不便をおかけします。

▲A棟2階木製ゲートがつきました


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